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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)701号 判決 1974年9月26日

控訴人 戸井田つり

右訴訟代理人弁護士 中野哲

被控訴人 永森善志

右訴訟代理人弁護士 村藤進

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載したほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決別紙物件目録(二)に「大針字新田五六九番」とあるのを「大針字新田五六九番一所在」と訂正する。)。

(控訴人の陳述)

一、控訴人は本件土地上に本件建物を所有して右土地を占有していることは争わないが、次のような理由によって被控訴人に対し、本件土地の占有を対抗しうるのである。

即ち

(一)  本件土地・建物は昭和三九年一〇月当時は、いずれも訴外戸井田元治の所有に属していたが、同人は昭和三九年一〇月一〇日訴外新井直次より金五〇万円を借受け、同日右債務の担保のため、本件土地・建物に抵当権を設定し、同月一四日付をもって右抵当権設定の登記を経由した。

(二)  昭和四〇年一二月、右新井直次は、右貸金元本および利息、損害金の支払を求めて、右抵当権に基づき、本件土地建物に対し競売の申立をした。

(三)  昭和四二年九月一九日、訴外株式会社東部産業(以下東部産業と表示する)が右建物を競落し、同年一一月二二日付で所有権移転登記を経由した。従って東部産業はこの時において、本件土地について、戸井田元治に対し、本件建物所有を目的とする法定地上権を取得した。

(四)  東部産業は昭和四二年九月一九日戸井田元治との間で、右法定地上権の内容として地代を一ヵ月金一〇〇〇円、支払時期は毎年六月末日および一二月末日に六ヵ月分前払と合意して法定地上権設定登記申請に及んだところ、昭和四二年一二月五日付をもって、単なる地上権設定登記がなされた。しかし、これは登記官吏の過誤によるものであり、法定地上権を放棄したものではない。従って右地上権の登記は法定地上権の登記の効力を有する。

(五)  その後東部産業は本件建物所有権および右法定地上権を昭和四三年七月二三日控訴人に売渡し、控訴人は同月二四日付で右建物の所有権移転登記および地上権移転登記を経由した。

(六)  以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人は対し、法定地上権を有し、かつ、建物保護法により本件建物の所有権取得登記をもって対抗しうるのである。

(七)  被控訴人は昭和四六年一月二〇日、控訴人が本件土地についての地上権を放棄したと主張するが、右事実を否認する。被控訴人が右放棄の証拠として挙げる甲第四号証(協定書)には立退料の記載がなく、結局協定としては合意に達しなかったものである。

かりに右合意が成立したものとしても、右合意は要素に錯誤があるので無効である。即ち控訴人は自己に法定地上権が真実存在するか否かにつき、半信半疑であったのであるが、被控訴人も控訴人が右のような心理状態にあったことは熟知していた。控訴人としては、もし自己に法定地上権の存在することを明確に知っていたならば、法定地上権を放棄し、短日時のうちに立退くことを了解する筈もないからである。

(八)  控訴人の予備的主張について、

被控訴人は、控訴人が昭和四五年八月三日被控訴人に対し、同年一二月末日限り本件土地を明渡す旨の合意が成立したと主張するが、右は脅迫に基づくものである。即ち被控訴人は同年七月二七日、控訴人代理人戸井田元治に対し、同月一杯で本件建物を収去し、本件土地を明渡せと迫り、同年八月一日から四日まで会社が休みだから、トラック四、五台をもって来て、ロープを引掛けて右建物を取毀してしまうと威嚇した。被控訴人は運送業を営み、若い衆も多いことなので戸井田元治は畏怖し、やむなく同月三日、代替地が見付かれば同年一二月末までに右建物を立退き右土地を明渡すことを約したものであるが、控訴人は代替地が見付からなかったため、立退くこともできず、そもそも控訴人は右土地上に法定地上権を有しており、被控訴人の不当な立退要求に応ずる理由がないので、昭和四五年一二月三一日付書面で右強迫による前記立退の合意を取消す旨通知し、その頃右通知は被控訴人方に到達したので、右合意は取消により失効した。被控訴人は、右取消の意思表示は、昭和四六年一月六日控訴人の作成した書面(甲第五号証)によって、無効と確認されたと主張するが、右主張を争う。即ち、同日被控訴人は、突然控訴人方を訪れたものであるが、たまたま控訴人は一人であって、夫の戸井田元治が不在であったので、その旨を述べたけれども、被控訴人は持参して来た原稿を示し、この通り書け、泣いても笑っても出て貰うのだと執ように迫り、その結果控訴人をして甲第五号証を作成させたものであり、控訴人としては、その文言自体も明確に理解できぬまま、被控訴人に威圧され、機械的に原稿どおり書きうつしたものであって、記載内容のような意思表示をしたものではない。かりに右意思表示がなされたとすれば、右は強迫による意思表示であるから昭和四八年三月二二日付の控訴人の準備書面の陳述(当審第六回弁論期日昭和四八年五月二四日)により取消す。さらに、かりに右取消が認められないとしても、右は法律行為の要素に錯誤があるから無効である。蓋し、右の意思表示は、控訴人としては、法定地上権の存在につき半信半疑の状態でなしたものであり、もし法定地上権の存在を確信していたならば、右意思表示はなさなかったし、被控訴人も控訴人の心理状態を熟知していたからである。

かりに、控訴人が昭和四五年一二月三一日付書面でした強迫による立退の合意の取消の意思表示が効果を生じなかったとしても、控訴人としては、真実自己が法定地上権を有するか否か半信半疑であり、かような心理状態において右合意をしたものであって、もし法定地上権の存在を確信していたならば右合意をしなかったし、被控訴人としても控訴人の右心理状態を熟知していたものであるから、右合意は法律行為の要素に錯誤があるものとして無効である。

(被控訴人の陳述)

(一)  控訴人の右主張(一)ないし(三)の事実中本件土地建物につき昭和三九年一〇月当時戸井田元治所有名義の登記がなされていたこと、右土地建物に対し同年一〇月一四日付をもって訴外新井直次に対する五〇万円の借金の担保のために抵当権設定登記がなされたこと、昭和四〇年一二月右土地建物につき右抵当権に基づく任意競売の申立がなされ、昭和四二年一一月二二日建物につき東部産業の競落による所有権取得登記のなされたことはいずれも認める。その余の事実は知らない。

(四)ないし(八)の主張中、強迫および錯誤の事実は否認する。その余の主張は争う。

(二) 東部産業は戸井田元治との間で本件土地について昭和四二年九月一九日地上権設定契約を締結し、同地上権設定契約を原因として昭和四二年一二月五日その地上権設定登記を経由した。従って東部産業がかりに本件建物の競落と同時に本件土地につき法定地上権を取得したとしても、この法定地上権は右約定地上権が成立したとき消滅したものである。しかして、右約定地上権は昭和四三年七月二三日、東部産業より控訴人に売渡され、同月二四日地上権移転登記を経由したが、右地上権は本件土地競落人たる被控訴人には対抗できないので、昭和四五年五月二二日職権により抹消登記された。これは当然の処置であり、登記官吏にはなんらの過誤もない。

(三)  かりに東部産業が本件建物を競落して当時戸井田元治の所有する本件土地につき、法定地上権を取得し、かつ、控訴人がこれを譲受けたとしても、控訴人は右戸井田元治から本件土地を競落により取得した被控訴人に対し、昭和四六年一月二〇日右法定地上権を放棄したものである。

(四)  また、かりに、控訴人が現に法定地上権を有するとしても、控訴人はその登記を有しないので、戸井田元治から有効に本件土地の所有権を承継取得した被控訴人に対して、その法定地上権をもって対抗することはできない。

(五)  (予備的主張)

控訴人は、昭和四五年八月三日、被控訴人に対し、同年一二月末日限り本件建物を収去して本件土地を明渡す旨を約したが、これを履行しなかったため、その後両者間で話し合いをした末、昭和四六年一月二〇日、控訴人と被控訴人との間で、控訴人が本件土地について法定地上権を有するとしても、これを放棄し、昭和四六年三月三一日までに本件建物を収去して本件土地を明渡す合意が成立した。従って控訴人は右合意に基づき本件建物を収去して、本件土地を明渡す義務がある。

(証拠関係)<省略>。

理由

一、被控訴人が昭和四五年三月一七日訴外戸井田元治所有の本件土地を競落してその所有権を取得し、同年五月二二日その所有権移転登記を経由したこと、控訴人が本件土地上に、本件建物を所有して本件土地を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、よって次に控訴人主張の、本件土地の占有についての適法権原の有無を考える。

<証拠>によれば、本件土地、建物は昭和三九年一〇月当時いずれも戸井田元治の所有に属していたが、同人は同年一〇月一〇日訴外新井直次より金五〇万円を借受け、同日右債務のため、本件土地、建物に抵当権を設定し、同月一四日付をもって右抵当権設定の登記を経由したこと、昭和四〇年一二月、右新井直次は、右抵当権の実行として本件土地、建物の競売の申立をしたところ、昭和四二年九月一九日訴外東部産業が右のうち建物のみを競落して同年一一月二二日所有権移転登記を経由したこと、さらに東部産業は、本件建物を地上権とともに昭和四三年七月二三日控訴人に売渡し同月二四日所有権移転登記を経由したことを認めることができる(但し、このうち登記関係の推移については、当事者間に争いがない)。

以上の事実関係よりすれば、東部産業は、本件建物を競落によって取得した時点において、本件土地に対する法定地上権を取得したものというべきであり、次に東部産業より右建物および地上権を譲り受けて建物につき所有権移転登記を経由した控訴人も戸井田元治に対し、右の法定地上権の取得を対抗しうるものと解すべきであり、さらに、その後、戸井田元治から、本件土地を競落取得した被控訴人に対しても、右の法定地上権を対抗することができるものと解すべきである。

尤も、本件土地については、東部産業と戸井田元治との間で、昭和四二年九月一九日付の設定契約に基づくものとして、同年一二月五日に、地上権設定登記がなされ、ついで昭和四三年七月二四日控訴人に対して右地上権の移転登記がなされ、さらに、右登記は昭和四五年五月二二日に被控訴人の本件土地の競落を原因として職権によって抹消されたものである。以上の事実は当事者間に争いがない。控訴人は右登記は法定地上権の登記の効力を有すると主張するが、登記は記載された表示に従って解釈すべきであるから、設定契約に基づく旨の記載のある地上権の登記は法定地上権の登記ではありえない。むしろ、右事実関係だけから考えるならば、本件建物の競落人である東部産業は、戸井田元治との間で、ことさらに、法定地上権を消滅させ、その代りに約定による地上権の設定をなしたかのごとくに考えられないこともない。しかし、<証拠>によれば、東部産業と戸井田元治とが、右地上権設定の登記を所轄の浦和地方法務局上尾出張所に対して、司法書士田中宏を代理人として申請した申請書によれば、右申請は本件建物の競落によって生じた「法定地上権」の登記を申請したものであったにも拘らず、登記官吏の過誤により「設定契約による地上権」の登記がなされるに至ったことを認めることができ、この事実よりすれば、右当事者間には、右法定地上権を消滅させるというような別段の合意が存しなかったことが明らかである。してみれば、登記は対抗要件にすぎないものであるから、登記簿上、どのような登記がなされたとしても、右法定地上権を消滅させるような特段の合意のない以上、東部産業は本件建物の競落によって取得した法定地上権を失うことはなく、前記のとおり、それは控訴人に移転されたと解するのが相当であり、本件建物についての登記を有する控訴人は、被控訴人に対し、建物保護法により、右法定地上権の存在を対抗しうるものといわなければならない。

被控訴人は、これに対し、かりに控訴人が本件土地につき法定地上権を取得したとしても、昭和四六年一月二〇日に地上権を放棄したと主張するので、この点を判断する。被控訴人作成名義の部分については、原審における被控訴本人尋問の結果によって真正に成立したと認められ、その余の部分の成立については当事者間に争いのない甲第四号証によれば、控訴人は昭和四六年一月二〇日に被控訴人に対し、本件土地につき、かりに法定地上権を有していたとしても、これを放棄する旨の意思表示をなし、その旨の協定書(甲第四号証)に署名押印した事実を認めることができる。控訴人はこの点に関し、右の協定書(甲第四号証)には、立退料が記載されていないから、法定地上権の放棄もいまだ有効になされたものではないと反論する。甲第四号の文面には、なるほど、控訴人が昭和四六年三月末日までに本件建物を収去して、本件土地の明渡を完了したときは、被控訴人に対してなにがしかの金員を支払う旨の記載があり、その金額欄は空欄とされているが、原審ならびに当審における被控訴本人尋問の各結果によれば、右立退料は、被控訴人としては、建物収去の実費として、二、三〇万円を提供する心算でいたので、金額部分を空欄にした協定書の原案を控訴人に示したところ、控訴人側からは、金額についてなんらの申出がなかったので、金額の決定を見ないままに協定書への署名押印が行なわれるに至ったものであることが認められる。この事実からすれば、右立退料については、現実に期限内に明渡が完了した際に改めて具体的な金額が協議のうえ決定される含みであったと解されるから、右金額の記載がないからといって、協定書全体を無効とすることはできない。

次に控訴人は、かりに右協定書による合意が成立したとしても、控訴人は法定地上権に関する要素の錯誤があったから、右合意は無効であるとも主張するのでこの点を判断する。控訴人の主張するところによれば、控訴人は法定地上権の存否につき半信半疑でいたものであって、被控訴人は控訴人がかような心理状態にあったことは熟知していたものであり、控訴人としては、もし自己に法定地上権の存在することを確実に知っていたならば、法定地上権を放棄し、立退きに同意することはなかったであろうから、この点に錯誤があるというのである。しかし、控訴人は「法定地上権があるとしてもこれを放棄する」旨の意思表示をしているのであって(甲第四号証)、これは法定地上権が存在する場合をも想定した上での意思表示であることは明らかであるから、そこにはなんら錯誤の存する余地はなく、この点に関する控訴人の主張は、採用することができない。

三、以上のとおりであって、結局、控訴人の本件土地を占有しうる権原についての主張、立証がないことに帰するので、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当で本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 小木曾競 深田源次)

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